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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1485号 判決

控訴人

山口孝

佐藤昭夫

鎌倉孝夫

右三名訴訟代理人弁護士

安原幸彦

鈴木周

被控訴人

松田昌士

花崎淑夫

右両名訴訟代理人弁護士

柴田保幸

田中清

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事案及び理由

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人らの控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らは、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)に対して、連帯して、金六〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一六日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人松田昌士(以下「被控訴人松田」という。)は、JR東日本に対して、金三〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一六日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。

二 控訴人らの本訴請求の趣旨

右の控訴の趣旨2項及び3項と同旨

第二 本件事案の概要

本件の事案の概要及び当事者双方の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事実関係」及び「第三 争点及び当事者の主張」の各項に記載されたとおりであるから、右記載を引用する。

すなわち、本件は、JR東日本が国労の組合員である従業員の古家信郎に対する不当労働行為を理由に、都労委の本件救済命令を受けたのに対し、中労委に再審査を請求し、さらに裁判所にその取消しを求める訴訟を提起したことに関して、JR東日本の株主である控訴人らが、右の同社による各不服申立ては、同社の取締役である被控訴人両名が取締役としての忠実義務等に違反して違法に行わせたものであるとして、被控訴人両名に対し、同社が右の不服申立てをするのに要した弁護士費用相当額の損害を同社に対して賠償するよう求めた株主代表訴訟である。控訴人らが主張する被控訴人らの忠実義務等違反行為の内容は、被控訴人松田については、本件事件について十分な調査を行うことなく、自身が取締役として推進してきた国労敵視政策に基づいて、JR東日本に右の各不服申立てを行わせたというものであり、また、被控訴人花崎については、自身が右古家に対して国労からの脱退を勧奨するという不当労働行為を行った本人であるにもかかわらず、JR東日本にその事実の真相を知らせることなく、同社に右の各不服申立てを行わせたものというものである。

第三 当裁判所の判断

一 原判決の説示の引用

当裁判所も、控訴人らの本訴請求には、理由がないものと判断するが、その理由は、次項のとおり当裁判所の判断を補足するほかは、原判決が「事実及び理由」欄の「第四 当裁判所の判断」の項で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。

すなわち、会社が労働組合との労使紛争に関して地労委の救済命令を受けた場合に、これに対して会社が不服申立をするか否かの判断を行うに際しての各取締役の意思決定は、会社の経営判断に係る事柄として、また、裁判を受ける権利の行使として、その広い裁量判断に任されているものというべきところ、本件において各不服申立てを行った当時のJR東日本の代表取締役や東京地域本社長の意思決定に、JR東日本に対する関係で、その取締役としての忠実義務に違反する点があったものとすることは困難であり、そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの本訴請求にはいずれも理由がないものというべきこととなるのである。

二 被控訴人花崎に関する控訴人らの主張について

1 JR東日本が本件取消訴訟を提起した平成七年一月当時及びその一審判決に対して本件控訴の申立てを行った平成八年一一月当時において、被控訴人花崎がJR東日本の取締役の地位にあったことについては、当事者間に争いがない。また、JR東日本の法務管理規程及び訟務等処理手続(規程)が、法務担当機関長がその所管業務に係る訴訟事件及びその所管区域内に所在する本社付属機関の所管業務に係る訴訟事件等を処理するものと定めるとともに、東京地域本社長を法務担当機関長と定めていることからしても、JR東日本の本件取消訴訟及び本件控訴に関する処理については、当時の東京地域本社長であった力村本社長にその決定権があり、しかも、JR東日本の組織上、このように力村本社長が最終決裁権者となる事項に関しては、被控訴人花崎が取締役としてその決定等に関与する余地はなく、現に被控訴人花崎がこれらの意思決定に全く関与していないことは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりである。

この点に関して、控訴人らは、労働事件に関する事項を代表取締役に属させておきながら、訴訟事件の処理を法務担当機関長に委ねることとしている右のようなJR東日本の法務管理規程、訟務等処理手続(規程)の定めは不均衡であり、実際には、これらの決定には取締役が関与していたものであると主張する。しかし、その根拠とするところは、本件事件を議題とする取締役会が開催されていたはずであるという程度で推測の域を出ないものであり、他に右の控訴人らの主張事実を認めるに足りる証拠も見当たらないから、右の控訴人らの主張は失当なものといわざるを得ない。

2 控訴人らは、被控訴人花崎には、社内における事実調査の場、取締役会の場、その他いかなる場においても、自身の行った不当労働行為の有無について真実を述べ、JR東日本に不必要な支出を避けさせるという義務があったのであり、同被控訴人がこの点について真実を述べていれば、JR東日本が本件取消訴訟の提起や本件控訴をすることはなかったのであるから、同被控訴人については、この点において取締役としての忠実義務違反があったものというべきであると主張する。

しかしながら、被控訴人花崎が本件において問われているのが、JR東日本の取締役としての同社に対する職務上の善管注意義務・忠実義務の違反があったか否かの点であることはいうまでもないところである。ところが、控訴人らのいう被控訴人花崎の真実義務なるものは、むしろ、本件事件に直接関係した当事者として、調査等を受けた場合に自己の経験、記憶に基づいて真実を述べる義務をいうにすぎないものというべきであって、たまたまその時点で同人が取締役の地位にあったとしても、このような真実義務なるものが直ちにそのまま取締役の会社に対する義務となるものでないことは明らかであり、本件にあっても、これがJR東日本の取締役としての被控訴人花崎の職務上の義務となるものとすることは困難なものといわざるを得ない。したがって、本件取消訴訟の提起及び本件控訴の申立てに関するJR東日本の意思決定に、被控訴人花崎が同社の取締役として何らかの関与をしたとの事実の認められない本件にあっては、被控訴人花崎に右のような意味における真実義務の違反があったといえるか否かの点について判断するまでもなく、控訴人らの請求には理由がないものというべきである。

三 結論

以上の次第で、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件各控訴には理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 合田かつ子 裁判官 宇田川基)

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